大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

浦和家庭裁判所 昭和57年(少)6356号 決定

少年 I・R(昭四一・四・三生)

主文

少年を保護処分に付さない。

理由

(非行事実)

一  本件送致事実の要旨

少年は東京都文京区内に所在する私立○○高等学校一年に在学していたものであるが、昭和五七年一一月二二日午後一一時四五分から約二〇分にわたり、大宮市○○町×丁目××番地所在の自分の出身校である大宮市立○○中学校において、同校の管理棟におかれていたスコツプを用い、大宮市長の管理にかかる同校管理棟一階の校長室などの窓ガラス一三四枚、掲示板ガラス一枚並びに鉄筋校舎一階資料室などの窓ガラス二一枚合計一五六枚(時価三二万円相当)を割り、もつて、器物を損壊した、というにある。

二  当裁判所における調査、審判の経過

1  当裁判所においては昭和五七年一一月二四日本件保護事件を身柄付で受理し、同日観護措置をとつて少年を少年鑑別所に収容したのであるが、その際少年に精神障害の疑いが持たれたので、同日調査を命ずるに当り、少年鑑別所において資質の鑑別を行うに当つては、精神障害の有無に重点をおき、精神科医の診察、ロールシヤツハテストを行うよう指示した。

2  そして、当裁判所としては第一回審判期日を昭和五七年一二月一五日午前一一時と定め、その期日の前に鑑別結果通知書を含む少年調査記録を検討したものであるが、それらによつても限界域の知能(WAIS IQ77)や全体として未熟な人格で思考に論理的な飛躍がみられるという指摘があつたものの、精神障害は認められないということで、結論的には調査官の意見も鑑別結果の判定も情緒障害を有する少年に対し矯正教育を行う中等少年院に送致するのが相当であるというものであつた。

3  このような状況下において第一回審判を行い、出席した少年、両親の陳述を聞き、責任能力の有無は別として本件送致事実とおりの事実を認定したのであるが、それ以前の少年の生活状況には昭和五七年一〇月一七日ころから家庭内で物にあたる行動がみられたり、登校拒否がみられ、さらには登校するつもりで家を出ながら東北新幹線に乗り盛岡まで行つてしまう行動がみられたばかりでなく、同年一〇月二九日には担任教師宛に○○高校について説明してくださいという手紙を出し「何の大学の付属でしようか、いつ頃から二年生になるのでしようか、もう冬休みなんでしようか」などと八項目の常識では考えられない質問をし、その後には大学の案内書を買つてきて「高校は一年間やれば卒業だから来年は大学へ進学したい。」などと述べているのであつて、これらの言動は精神障害に起因するのではないかとの疑が消えなかつたばかりでなく、本件非行の動機についても了解困難で、本件送致事実を行うに当つても、深夜自転車に乗つて約三〇分の距離にある本件非行場所まで出向き、合計一五六枚のガラスを割つているのであり、行動自体としても異常さを感じさせるものがあつたので、当裁判所としては直ちに結論をだすことを避け、第二回審判期日を同年一二月一七日午前一一時と定めて審判を続行した。

4  少年の両親は第二回審判期日の直前に附添人として弁護士である○○○○を選任し、第二回審判期日には附添人も出席し、少年鑑別所における資質の鑑別は特殊な環境下で行われたものであるので、正確を期するため、精神鑑定を求めると主張し、当裁判所においても少年の精神障害に疑念を持つていたので、精神鑑定を行うことにしたところ、附添人から鑑定人の候補者として三名を指定し、このなかから鑑定人を選任されたい旨の申し入れがなされ、精神鑑定費用も少年の両親において負担する用意があることを上申してきた。

5  そこで、当裁判所としては昭和五七年一二月二〇日に鑑定人として○○病院医師○○○○を選任し、同日埼玉県北葛飾郡○○町所在の同病院において、同医師に精神鑑定を依頼し、直ちに留置場所を同病院として、昭和五八年三月一九日午前一○時まで少年を鑑定留置する決定を行い、同医師に直ちに鑑定を行つてもらうことにした。

6  その後である昭和五八年一月二五日ころ、鑑定人である同医師から急を要するので、鑑定の要旨を書面で提出したうえで詳細は口頭で報告し、早急に医療措置を行う必要があるとの連絡を受け、当裁判所としてもこれに応じて口頭報告の期日を同年二月一五日午後三時、同病院と定めたところ、同月七日付で鑑定の要旨を記載した鑑定報告書が提出され、これを基礎として同月一五日に口頭報告を受けたのであるが、結論的には少年が破瓜型の精神分裂病に罹患していて、自傷他害のおそれも現実にあるので、直ちに医療措置を行うことが必要であるという内容であり、両親は附添人と相談のうえ少年を直ちに同病院に同意入院させ、必要な医療措置を早急に行いたいというので、鑑定留置を同日午後四時五〇分で打ち切り、少年は直ちに同病院に入院した。

7  鑑定人からは昭和五八年三月八日付で詳細な鑑定書が提出された。

三  当裁判所の判断

1  当裁判所としては少年法三条一項一号所定の「罪を犯した少年」というためには、責任能力を有する精神状態において「罪を犯した」ことを要し、責任能力を有しない場合には刑事裁判における無罪に該当する「非行なし」という理由で保護処分に付することはできないと解する。そして、この場合における社会秩序の維持、回復を含む国家的、社会的対応はその専門家である医師などによる医療措置などに信頼し、これに委ねるのが相当であると思料するものである。

2  そこで、少年の本件送致事実を行つた当時の責任能力の有無について検討する。

(一) 少年は教育志向の強い両親の長男として出生し、幼少のころから国立大学に進むことを期待され、昭和四八年四月に小学校に入学するに当つても、大宮市の中心にある大宮市立○○小学校に越境入学し、昭和五四年四月に中学校に進むに当つても大宮市立○○中学校に越境入学し、知的能力にやや遅滞(WAIS IQ77)がみられたものの、学習塾にも通い勉強を中心とした生活に適応し、すぐれている教科がみられる程ではなかつたが、なんらの問題行動もなく、高校進学という進路決定時期をむかえた。

(二) 少年の進路決定には主として母が当り、東京都内の私立、特に大学の付属である○○大学○○高等学校を希望していたが、昭和五六年一二月に行われた三者面談で、少年の予想に反して無理といわれ、前記○○高等学校を勧められ、強い不満を持つたが、やむなく同高校を受験して合格し、両親がこの学校のことをよく調査したうえ同高校に進学することに決定した。

(三) 少年は前記高校に進学後も真面目に勉強を中心とする生活を送つていたが、昭和五七年八月ころから以前とは異る行動傾向を示すようになり、同年九月に入つてからはますます陰気な性格をみせ、自室にこもりはじめ、食事中に意味もなく笑う空笑もみられ、また、学校内でも数学に論理的な思考のくずれからくる間違いが多くなり、同月下旬ころからは学校内の常識的なことが判らずに困惑するという自明の理を喪失した状況も生じ、同年一〇月に入つてからは注察妄想、被害関係妄想、幻声を体験し、さらに当裁判所における調査、審判の経過3に記載するような了解困難な言動を行い、登校拒否が続いたことから、母において少年の観察記録をとり、同月二九日には大宮市教育委員会に教育相談を受けにいつたりし、少年への対応に苦慮しはじめたのである。

(四) そして、少年には同年一一月に入つてから幻声も多くなり、学校関係の幻声から「学校のしくみを教えてくれなかつたのは中学の担任教師であり、あの先生がすべてを知つていながら、自分にだけ教えずに、無理に高校に入れられてしまい、恥をかかされた。」と被害関係妄想から発展した異常思考を示すにいたり、同月二〇日ころから担任教師に復讐してやろうと思いこむようになり、「やつてやれ」という幻声も聴えてきたので、その影響下に同月二二日の深夜に本件送致事実を行つたのである。

(五) 少年には精神鑑定のため、前記○○病院に鑑定留置されてから、前記の被害関係妄想は消失したものの、他の入院患者を対象とした新たな被害妄想が生じ、老人の患者をほうきで殴打するなどし、「病院のしくみが判らないので、医師から処分されるのではないか」と不安を表明し、これに対処するための抗精神分裂病薬であるハロペリドールが効果をあげているのである。

以上の事実を認定することができ、この認定事実によると、小学校入学当時から勉強を中心とする生活を送り、能力的限界があつたものの、それなりにこれに適応していた少年には、昭和五七年七月まではまつたく非行の基盤となるような生活状況はみられなかつたのであつて、同年八月ころから、それまでとは異る行動傾向を示し、順次自室にこもつたり、論理的思考がくずれたりすることからはじまり、同年一〇月ころからは精神分裂病に特有な症状である幻聴、被害関係妄想、自明性の喪失をはじめとする思考障害がはつきりとみられるようになり、以前の生活の中心であつた学校にも登校しなくなり、さらにその症状を悪化させる状態が続き、その症状である自明性の喪失と被害関係妄想などの影響下に、本件送致事実を行つていることは明らかであり、このような精神分裂病に特有な症状の影響がなければ、少年において本件送致事実を行うようなことは到底考えられないところである。

してみると、少年は昭和五七年八月ころに発病した破瓜型の精神分裂病により、その症状が悪化した状態において、その影響下に本件送致事実を行つたことになるから、事理の弁別能力を完全に失つた状態での行為であり、少年はその当時責任能力のない常況にあつたと認定するのが相当である。

3  そうすると、本件送致事実を行つた少年に対しては、責任能力を有しない結果「罪を犯した少年」には該当しないとして、保護処分に付することはできないとするのが相当である。

四  結論

よつて、少年に対しては前記理由により保護処分に付さないこととし、また、少年の両親から上申のあつた精神鑑定費用の負担については、少年法三一条一項の費用負担の規定を本件のように責任無能力がはつきりとした場合に適用することは相当ではないから、費用負担を命じないこととし、少年法二三条二項を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 中山博泰)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例